【所詮は2進数の羅列】私が「ソシャゲ」を捨てた理由

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  • 今やPC・スマホでゲームは当たり前の時代である
  • SNS連携前提のゲーム「ソシャゲ」が登場する
  • かつてKIBEKINもソシャゲをしていた
  • 走り続けることも金を使うことも行えていた
  • ゲームの「義務化」はただの作業でしかないことに気付く
  • やりたいこと、やらなければいけないことがあると「ソシャゲ」は足枷でしかない
  • 所詮は2進数の羅列であり、いずれ消えるデータである
  • RMTは実際そこまで稼げるものではない
  • 何に価値を感じるかは人それぞれだが、私には「無価値」だった

生きるとはつくづく拷問だと実感する。そのうえ生きているだけ無能国家ジャップは血税を徴収するシステムを展開している。だが依然として社畜適性がない人は多く、その代わりに行う副業は不安定で流動的である以上、完全な代替とはなり得ないのが殆どだ。したがってジャップで生きるには社畜になるしか方法がなく、それになれない人は海外へ逃げる手段もなかなか確保できないこともあって、死しか救いがないのが現状だ。全国無関心時代、誰も助けてくれる人はいない。

さて、PC・スマホ、1人1台が前提かつ人権構成となっている現代、最低限の性能を備えた子供向けないし老害老人向けスマホや事務作業向けの低性能PCでなければ、殆どはゲームをするには十分な性能を持っている。ASUSのROG Phoneレベルだったりゲーミングラップトップであればそれはオーバースペックであり、SteamやEpicなどでPCゲームをする場合にはデスクトップで十分である。一般的な、iPhoneおよび5万円台のAndroidは一般生活でも十分なスペックを有する。軽いゲームであるなら案外動くのが現在のPC・スマホ事情である。

さて、普段から持ち歩いたり使うこれ、ちょっとした待ち時間や休憩時間などにそれらでゲームをすることは多い。かつてはスマホゲー、PCゲー(SteamやEpicとは違う)と呼ばれていたが、現在は総称でソシャゲ(=ソーシャルゲーム)と呼ばれることが多い。これについては私もやっていたことにはやっていた。他に面白いと思うものが少なかったためである。だが感性が変わってきた結果か、或いは「カラクリ」に気付いたか、私はソシャゲを捨てたのである。そして、新作が出て人気になったとしても決して私はやらなくなった。私がソシャゲを捨てた理由について、ここで語っていく。

【熟考】スマホ・ブラウザゲームへの課金は計画的に行うべき理由

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  • アプリゲーム・ブラウザゲームは現在の主流
  • 基本無料+各種の課金要素で成り立つ
  • 確率系課金要素に入れ込むことは非常に危険
  • 「本当に必要か?」と自分に問うてみる
  • 生活に直結するからこそ計画的に

スマートフォンの出現は、携帯の概念とともにゲーム機の概念も変えた存在である。登場以降、ゲームアプリが出るにはそう時間はかからなかった。スマートフォンの登場の少し後に出た単純なパズルで龍なやつや、元はエロゲの鯖だとかなんだかよくわからないが爆死勢が多く池沼が非常に多いやつなど、所謂「世界的人気」を誇るものがある。私は一度たりとも触ったことがないが。

同時に、PCの性能向上と1人1台が当たり前となった影響か、或いはスマホの登場に合わせたか、ブラウザ上のFlashで動くゲーム、所謂ブラウザゲームも登場した。単純なブラウザゲームは既に存在しているものの、本格的なものは2010年頃に登場している。これらはFlashを搭載しないスマホでは通常プレイすることは不可能であるが、アプリ化してプレイできるようにしたものも存在する。いずれにせよ、これらは基本的に無料かつ下準備なしで遊べるものとなっている。またFlashの終了に伴い、現在はHTML5がその役を担っている。

当然ながら、コンテンツを創りそれを維持するためには、収益に繋がらなければならないのである。これまでのコンシューマゲームとは違ってROMで稼ぐのではなく、追加要素や恒常的な”アイテム”を購入させることか、メディアミックスや関連のグッズを販売することによって稼いでいる。そして、実に巧い方法で課金を勧めるよう、企業は手を打っている。

これに関しては、ビジネスモデルとしては優秀である。だが、これに乗せられて度を越えた課金をする人が多く存在し、所謂ハイカ・キンゼーと呼ばれる。課金すること自体に問題はないが、将来のことを考えると課金のするしないを見直したほうがいいということを提案する。