【なくてもいい】取捨選択、ミニマリストな生き方を考える

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  • 現代は「物はあっても金はない」人が多い
  • 無能国家日本は自国民に冷たい
  • ある程度生活が回れば、「不要な物」がわかってくる
  • 「ミニマリスト」のスタイルが登場する
  • 「極力物を持たない」ことで受ける多数のメリットが存在
  • 時代の進化が皮肉にもミニマリストを可能にする
  • ミニマリストは決して悪いものではない

金で買えないものがあるといわれているが、それは表向きだ。実際はあらゆるものが金という存在が前提のもとに成り立っている。金があれば何でもできるし、逆に金がなければ何もできない。所詮、金がすべてである。

さて、無能政府が死のコロナウイルスを蔓延させて以降、収入が減った人は多いであろう。もっとも、それ以前から収入が少ない人はいる。そのため、生活費だけで金がなくなって、遊びに使える金がないことも多い。したがって、必須家具家電電化製品以外殆ど何もないということはあり得る。

だが、技術発展と時代の進化により、1つのアイテムないし製品は複数の機能を有することが普通になった。スマートフォンはその最たるものといえよう。家電では電子レンジがオーブントースターの機能も付与されているなど、それ1つで殆どのことができるという優れものである。

実は電化製品は1つの機能しか持たないものも多い。だが1つの機能しか持たないものは、別の電化製品や工夫によって代用することができる。代用できれば1つの機能しか持たないものは「不要」になるので、持たなくてもいいようになる。それを突き詰めていくと、所謂「ミニマリスト」というスタイルに行きつくのである。今回はそんなミニマリストについて、節約も含めて持論を展開していく。

【人生向いていない】仕事ができない人:対処法を考える

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  • この世界には仕事ができる人とできない人がいる
  • 環境に適合しなければできる人でもできない人になる
  • 環境に無関係で恒常的にできない人も存在する
  • 仕事ができない人が企業と社会に与える損失を考える
  • 仕事ができない人は人生向いていないのか
  • 安楽死or自宅ないし施設軟禁が対処法となりえるか
  • 仕事がまるでできない人がいても不思議ではない

無能国家ジャップは実にすごい!奴隷にしか思っていない一般国民には金を出さず、自分達を含めた上級國民には優遇に優遇を重ねて、この深刻な状況下でものうのうと安泰に暮らしているので、恥の極みというべきだろう。個人的に海外と交流がある人からは連絡が来て心配されるほどのようで、クソさ度合いでは自慢できるようだ。

さて、この世界において仕事というものは収入に直結するため、生活に切り離せない活動の1つである。そうであるのだが、時に仕事ができない人というのが一定数存在する。とはいえ仕事ができなくとも仕事しなければ生きていけないので、渋々仕事していることも少なくない。

ただ、仕事ができない原因が環境に問題がある場合と、環境に無関係で仕事ができない人がいる。前者は最適な職場に転職することで解決することがある。後者は転職しても、その先で仕事ができないことにより平均3ヶ月程度で職場を転々とし、最終的にどの仕事もできなくなるというパターンである。

そこで思うのが、後者の場合の仕事ができないことは、人生そのものに向いていないのではないかということである。しかし残念ながら人生に向いていなくても血税は徴収され、生きる義務を負い、労働の義務も負う。しかし仕事ができないことで、企業や社会に損失を与えることもあると考えている。その場合、仕事をさせず、軟禁するという選択肢、或いは本人が望む場合の安楽死は果たして正しいのだろうか。

今回は仕事ができない人について、私独自の視点から対処法を考える。

【死の権利】安楽死を考える:死を選ぶということ

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  • 非健常者が生きることは一部の人にとって苦行
  • 自殺が許されないという一般常識
  • 安楽死が権利として存在するスイス
  • 無理矢理生かすのは果たして正しいのか
  • 死は救いではない

なりたくてなったわけではないのに、病気や精神疾患や発達障害になってしまった。生まれたくてこの世界に生まれたわけではないのに、辛い家庭環境に生まれてしまった。誰も好きで選んだわけではない。誰だってそうなることは嫌である。そうでありながら、生まれてくる

しかし日本ほどこれらのことに関しては冷たく、自業自得で済ませて見放しては、それを嘲い見下して、マウントの対象にする。そこに一人の理解者も存在せず、孤独に生きることを強いる。身近な人が理解者となってくれればまだ助かるのだが、そうでない場合は本当に孤独のまま生きることになる。特に親に理解してもらえないということが多々見受けられる。

そうして辛い日々を送り、いつしか耐えられなくなったときに、死ぬことが頭に浮かぶ。この瞬間に、死=解放というシンプルで強力な式が完成する。しかし問題は、自殺は一般常識的に認められていないこと、いざ自殺しようにも死ぬのが怖いこと、痛いのは嫌であること、偶発的事故はなかなか起きないこと。それらの要件が重なって、死ぬに死ねなくずっと苦しんでいるということも多い。

そんな状況を解放する最後の手段として、スイスには安楽死が存在する。ただし今回は苦しみから解放されることについての「安楽死」について考えていく。

【サバイバル】社会不適合者の今後の生き方を考える

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  • 社会に上手く適合できなかった「社会不適合者」
  • 社会不適合の原因は性格や過去に関係することがある
  • 正社員以外で稼ぐ方法を考える
  • 副業はリスクのある方法が多い
  • 使える制度をフル活用する
  • 巷の「謳い文句」は無視すること

社会不適合者という分類は昔から存在している。そして今も存在している。だが、今の社会不適合者はどちらかといえば自虐的に使用されることの方が多いかもしれない。昔はどうだったのだろうか。そんなことは全く分からない。

そして、私は社会不適合者ということを前々から自覚していた。学生時代から集団行動を好まず、友人を作らずの私が、社会に適合できる可能性は低かった。そして、昨年10月に退職し、今に至るまで「一歩」を踏み出せない状況にある。私は社会不適合者だった、その答えが明確に出てしまったのである。

そんな社会不適合者は一体どうやって生きていけばいいのか、それを模索することにした。これはいわば、備忘録のようなものである。

【体験談】某就労移行支援を1週間体験利用した感想

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  • 障害がある人向けの「就職に向けた訓練をする」場所
  • 利用には役所から「障害福祉サービス受給者証」を発行してもらう
  • 体験利用は受給者証が不要
  • 1週間体験利用して分かった「マイナスになることはない」
  • 文明社会に戻る「一歩」

日本の社会は残酷に出来ている。既定のレールが敷かれており、そこから脱線することや乗れなかった場合に戻るためのサポートが最低限のものしか用意されていない。それは何らかの障害を持っている人も例外ではない。残念ながらそういう人に社会は冷たい。復帰や活躍の場を与えないかのようである。それでいて仕事や生活に健常者と同じレベルを求めるのだから、尚更タチが悪いように思える。求めるものが「その人たちにとって」高すぎるものになっている気がしてならない。

それに対して国の打ち出す政策は微妙なのだが、少しずつ改正されてきてはいるようである。就労移行支援は、何らかの障害を持っている人向けのサービスの1つである。また、就労移行支援として1つにまとめられているが専門分野がそれぞれ違っており、身体・知的・精神(発達)のそれぞれ1つのみに特化している場合もある。

結局私は一時的な強いストレスによってADHD(不注意)的症状が出たもので、実際のADHDとは違うものであった。そのため普通の手段で復帰するしかなくなったが、その間に発達障害専門の就労移行支援を「体験」した。今回はそのことについて書いていく。

【人間は醜い】人間は醜い存在!信用しないで生きるということ

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  • 人間とは醜い存在である
  • 人間は簡単に他人を裏切る
  • 自分を含めて人間を「信用しない」こと
  • 信用しないことは「悪」ではない、「悪」と決め付けることもできない
  • 人間を嫌いになる前に「信用する」ことを辞める

今はADHDを身近な人に隠しながら、ただ生きるだけの毎日を送っている。何もなく、何もせずの毎日である。経歴が酷く、何のスキルもない。しかもADHDを抱えている状態で、到底まともな仕事ができるわけもなく、そんな人間はどこに行っても追い返されるだけである。余っている仕事は、「皆が嫌う仕事」か「闇の仕事」しかないだろう。人権も選択権もなくなったも同然である。

それとは別に、よく考えることとして、「人間とは醜い存在である」ということである。他人を簡単に裏切り、権力を持った途端に独裁を始める、エゴイストの塊である。もし神が存在するというのなら、何故そのような人間の屑は消えないのか。存在していれば消えているはずなので、そういう意味では神は信じないし、同時に人間嫌いである。自分のことですら嫌いである。

そんな人間に対しうんざりしまくり、人間嫌いだが、死ぬ勇気も不慮の事故も起きないので割り切って生きなくてはならない。だがこれ以上人間でうんざりさせられるのも癪に感じる。その時分かったのが、「信用しない」で生きれば、何とも思わなくなるので人間を嫌いになることもない、ということである。

【ADHDが図太く生きる】気を病まないで!ADHDと診断された私の生き抜き方 第一号

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  • リンクス岐部、ADHD(不注意優勢型)の診断を受ける
  • 某心療内科へ初めて行き、初診を受ける
  • 不注意が多いことが原因で前職を退職した「1つの要因」が判明
  • カウンセリングを開始し、薬を使わないで共存する方法を模索する
  • 現時点でできる「対処方法」を実践

実は退職する少し前に某心療内科へ初診に行き、検査の結果ADHD、不注意優勢型の診断を受けた。不注意な点については、前職でのミスや、話を聞いても内容を忘れる、メモをしてもメモを忘れるか、メモしているが故に話が入ってこないなど、その傾向はあったのだが、この診断によって、理由なくそうなっているわけではないと分かった。

しかし同時に、発達障害の1つであるADHDによって、私自身は社会不適合者ということにもなった。旧:優生保護法(現:母体保護法)からすれば、私はゴミということになる。だとすればどうしたらいいのだろうか。

そんな事実で落ち込んでいる私だが、それまでの経緯と今後について語っていく。