生き方と考え方 | Kibekin BLOG. - パート 2

【サバイバル】社会不適合者の今後の生き方を考える

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  • 社会に上手く適合できなかった「社会不適合者」
  • 社会不適合の原因は性格や過去に関係することがある
  • 正社員以外で稼ぐ方法を考える
  • 副業はリスクのある方法が多い
  • 使える制度をフル活用する
  • 巷の「謳い文句」は無視すること

社会不適合者という分類は昔から存在している。そして今も存在している。だが、今の社会不適合者はどちらかといえば自虐的に使用されることの方が多いかもしれない。昔はどうだったのだろうか。そんなことは全く分からない。

そして、私は社会不適合者ということを前々から自覚していた。学生時代から集団行動を好まず、友人を作らずの私が、社会に適合できる可能性は低かった。そして、昨年10月に退職し、今に至るまで「一歩」を踏み出せない状況にある。私は社会不適合者だった、その答えが明確に出てしまったのである。

そんな社会不適合者は一体どうやって生きていけばいいのか、それを模索することにした。これはいわば、備忘録のようなものである。

【人間は醜い】人間は醜い存在!信用しないで生きるということ

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  • 人間とは醜い存在である
  • 人間は簡単に他人を裏切る
  • 自分を含めて人間を「信用しない」こと
  • 信用しないことは「悪」ではない、「悪」と決め付けることもできない
  • 人間を嫌いになる前に「信用する」ことを辞める

今はADHDを身近な人に隠しながら、ただ生きるだけの毎日を送っている。何もなく、何もせずの毎日である。経歴が酷く、何のスキルもない。しかもADHDを抱えている状態で、到底まともな仕事ができるわけもなく、そんな人間はどこに行っても追い返されるだけである。余っている仕事は、「皆が嫌う仕事」か「闇の仕事」しかないだろう。人権も選択権もなくなったも同然である。

それとは別に、よく考えることとして、「人間とは醜い存在である」ということである。他人を簡単に裏切り、権力を持った途端に独裁を始める、エゴイストの塊である。もし神が存在するというのなら、何故そのような人間の屑は消えないのか。存在していれば消えているはずなので、そういう意味では神は信じないし、同時に人間嫌いである。自分のことですら嫌いである。

そんな人間に対しうんざりしまくり、人間嫌いだが、死ぬ勇気も不慮の事故も起きないので割り切って生きなくてはならない。だがこれ以上人間でうんざりさせられるのも癪に感じる。その時分かったのが、「信用しない」で生きれば、何とも思わなくなるので人間を嫌いになることもない、ということである。

【好き嫌いはあって当然】直す必要なし!嫌いなものは嫌いなままで、好きを伸ばすことが重要な理由

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  • 人間なら誰しも好きなものと嫌いなものがある
  • 好きなものには時間や資金や努力を惜しまない
  • 嫌いなものは離れないとストレスになる
  • 嫌いから普通に「直す」のは無駄な行為
  • 「好き」を伸ばすことこそ今後重要である

人間はほぼ同じ姿をしながら、それぞれの個性や能力が違っている。それが人間というものと言えばそれまでだが、個性や能力が違うのなら、好き嫌いも分かれるのは当然のことである。

だが日本は何をトチ狂っているのか、オールラウンダーを求める。嫌いを普通に矯正して、「ゼネラリスト」を目指そうとしているしかし、それを無駄な行為と気付いた人や海外では、好きを伸ばして「スペシャリスト」になろうと努力する。好きを伸ばすのと嫌いを矯正するのとでは、効率も将来性も違うはずなのだが。

そこで今回は、嫌いなものを直さないでいい理由、そして好きを伸ばすことが重要な理由について、リンクス岐部独自の視点から紐解いていく。