【体験談】某就労移行支援を1週間体験利用した感想

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  • 障害がある人向けの「就職に向けた訓練をする」場所
  • 利用には役所から「障害福祉サービス受給者証」を発行してもらう
  • 体験利用は受給者証が不要
  • 1週間体験利用して分かった「マイナスになることはない」
  • 文明社会に戻る「一歩」

日本の社会は残酷に出来ている。既定のレールが敷かれており、そこから脱線することや乗れなかった場合に戻るためのサポートが最低限のものしか用意されていない。それは何らかの障害を持っている人も例外ではない。残念ながらそういう人に社会は冷たい。復帰や活躍の場を与えないかのようである。それでいて仕事や生活に健常者と同じレベルを求めるのだから、尚更タチが悪いように思える。求めるものが「その人たちにとって」高すぎるものになっている気がしてならない。

それに対して国の打ち出す政策は微妙なのだが、少しずつ改正されてきてはいるようである。就労移行支援は、何らかの障害を持っている人向けのサービスの1つである。また、就労移行支援として1つにまとめられているが専門分野がそれぞれ違っており、身体・知的・精神(発達)のそれぞれ1つのみに特化している場合もある。

結局私は一時的な強いストレスによってADHD(不注意)的症状が出たもので、実際のADHDとは違うものであった。そのため普通の手段で復帰するしかなくなったが、その間に発達障害専門の就労移行支援を「体験」した。今回はそのことについて書いていく。

【人間は醜い】人間は醜い存在!信用しないで生きるということ

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  • 人間とは醜い存在である
  • 人間は簡単に他人を裏切る
  • 自分を含めて人間を「信用しない」こと
  • 信用しないことは「悪」ではない、「悪」と決め付けることもできない
  • 人間を嫌いになる前に「信用する」ことを辞める

今はADHDを身近な人に隠しながら、ただ生きるだけの毎日を送っている。何もなく、何もせずの毎日である。経歴が酷く、何のスキルもない。しかもADHDを抱えている状態で、到底まともな仕事ができるわけもなく、そんな人間はどこに行っても追い返されるだけである。余っている仕事は、「皆が嫌う仕事」か「闇の仕事」しかないだろう。人権も選択権もなくなったも同然である。

それとは別に、よく考えることとして、「人間とは醜い存在である」ということである。他人を簡単に裏切り、権力を持った途端に独裁を始める、エゴイストの塊である。もし神が存在するというのなら、何故そのような人間の屑は消えないのか。存在していれば消えているはずなので、そういう意味では神は信じないし、同時に人間嫌いである。自分のことですら嫌いである。

そんな人間に対しうんざりしまくり、人間嫌いだが、死ぬ勇気も不慮の事故も起きないので割り切って生きなくてはならない。だがこれ以上人間でうんざりさせられるのも癪に感じる。その時分かったのが、「信用しない」で生きれば、何とも思わなくなるので人間を嫌いになることもない、ということである。

【ADHDが図太く生きる】気を病まないで!ADHDと診断された私の生き抜き方 第一号

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  • リンクス岐部、ADHD(不注意優勢型)の診断を受ける
  • 某心療内科へ初めて行き、初診を受ける
  • 不注意が多いことが原因で前職を退職した「1つの要因」が判明
  • カウンセリングを開始し、薬を使わないで共存する方法を模索する
  • 現時点でできる「対処方法」を実践

実は退職する少し前に某心療内科へ初診に行き、検査の結果ADHD、不注意優勢型の診断を受けた。不注意な点については、前職でのミスや、話を聞いても内容を忘れる、メモをしてもメモを忘れるか、メモしているが故に話が入ってこないなど、その傾向はあったのだが、この診断によって、理由なくそうなっているわけではないと分かった。

しかし同時に、発達障害の1つであるADHDによって、私自身は社会不適合者ということにもなった。旧:優生保護法(現:母体保護法)からすれば、私はゴミということになる。だとすればどうしたらいいのだろうか。

そんな事実で落ち込んでいる私だが、それまでの経緯と今後について語っていく。

【好き嫌いはあって当然】直す必要なし!嫌いなものは嫌いなままで、好きを伸ばすことが重要な理由

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  • 人間なら誰しも好きなものと嫌いなものがある
  • 好きなものには時間や資金や努力を惜しまない
  • 嫌いなものは離れないとストレスになる
  • 嫌いから普通に「直す」のは無駄な行為
  • 「好き」を伸ばすことこそ今後重要である

人間はほぼ同じ姿をしながら、それぞれの個性や能力が違っている。それが人間というものと言えばそれまでだが、個性や能力が違うのなら、好き嫌いも分かれるのは当然のことである。

だが日本は何をトチ狂っているのか、オールラウンダーを求める。嫌いを普通に矯正して、「ゼネラリスト」を目指そうとしているしかし、それを無駄な行為と気付いた人や海外では、好きを伸ばして「スペシャリスト」になろうと努力する。好きを伸ばすのと嫌いを矯正するのとでは、効率も将来性も違うはずなのだが。

そこで今回は、嫌いなものを直さないでいい理由、そして好きを伸ばすことが重要な理由について、リンクス岐部独自の視点から紐解いていく。