この記事の概要を簡単まとめ!
- ゲームは第5世代より急速に発展する
- ゲームに現実世界の要素をプラスしたものが増えている
- 携帯機第6世代に登場した「ゲーム×脳トレ」から学習系の登場
- コンシューマ第7世代から「ゲーム×フィットネス」も登場
- VRは技術的問題がまだ残る
- フィットネスの任天堂、VRのソニー
- 「ゲーム×○○」可能性は無限にある
ゲームは面白い。それはゲームを創る者達が、目から血が出るほどに面白いことを考え、それを形にして提供しているためである。つまり、ゲームクリエイターは相当なアイデアメーカーということになる。一度脳の中を覗いてみたいものである。ブログのネタ作りに役立つだろう。
さて、昔のゲームは単純な「遊び」であり、そこには「遊び」以上のものはなかった。それはそれで楽しいものであるが、時代が進化すればもう少しゲームの中身を欲張りたいと思うようになる。それと同時、現実にあるものをゲーム化したいという欲求も出てくる。例えばスポーツをゲーム化することや、通常一般人が扱えないものをゲームとして体験できるようにしたものである。いずれもフィクションを含むものの、疑似体験が可能なレベルの再現度となっている。
そして、NINTENDO DS/DSLite/DSi, PlayStation Portableを代表とする携帯機第6世代に後の「脳トレ」ジャンルとなるのゲームが初登場したのを皮切りに、学習系のゲームが登場する。またコンシューマは第7世代にて任天堂がWii専用デバイス”バランスWiiボード”とWii Fit, MicrosoftがXBOX 360専用デバイス”Kinect”とYOUR SHAPE FITNESS EVOLVEDをそれぞれ発売し、ゲーム×フィットネスが現実となった。そして最新のコンシューマ第9世代では、実質携帯機であるNINTENDO SwitchでRnig Fit Adventureが登場し、最強のフィットネスブームとなっている。
対してソニーやGPUメーカーはVRに力を入れており、ゲームに究極のリアリティを持たせることを目標としている。もはやゲームは、現実とほぼ大差ないところまで来ているのだろう。そこで今回は、ゲームの進化について「ゲーム×○○」形式で見ていき、そしてゲームの未来についても考えていく。
ひとっ飛びできる目次
ゲームとゲーム機と進化
登場初期のゲーム機とそこからの歴史
いきなり歴史の授業となるが、世界初の家庭用ゲーム機が登場したのは1972年、米サンダース・アソシエイツ社員のラルフ・ベアのアイデアから彼の率いるチームによって開発された「オデッセイ」である。これはCPUではなくアナログ回路を使用して電子ゲームを実現していたものである。これを受けて、世界初のビデオゲーム会社のアタリ1)1972年にノーラン・ブッシュネルが創業した、アメリカ初・世界初のビデオゲーム製作会社である。代表作は卓球ゲーム「ポン」。家庭用ゲーム以外にPC・ピンボール・電子ゲームも製作していた過去がある。参照:アタリ (企業) – Wikipediaが「ポン」をまずアーケードゲームとしてリリースした後、1975年に家庭でも遊べるようにした「ホーム・ポン」をリリースし、これがヒット。ここから家庭用ゲーム機の始まりとなり、後に第1世代と呼ばれるようになる2)参照:ゲーム機 – Wikipedia 第○世代などの解説はここを参照する。
しかし、そううまくはいかなかったのがゲーム業界である。1977年、アタリがROM交換可能なゲーム機、Atari 2600(VSC)を販売する。ビデオゲーム会社アクティビジョン3)1979年10月1日に設立されたアメリカのコンピューターゲーム開発/販売会社。アタリ上層部と待遇で対立した技術者達で設立されている。1982年~のアタリショックを乗り切った企業の1つである。代表作はCall of Duty 4: Modern Warfareシリーズ。パブリッシャーはガバガバ翻訳によるMW2の闇を生み出したスクウェア・エニックスである。参照:アクティビジョン – WikipediaがVSCのサードパーティ製ソフトを制作することが認められると、これに続いてあらゆる企業がサードパーティとして参入する。そこにはまともにゲームを作ったことがない、全く異なる業界からの参入も多かった。この結果、所謂「クソゲー」が溢れかえることになる。その後の1982年のクリスマス商戦において、予測を誤った結果ビデオゲームは殆ど売れず市場崩壊、通称「アタリショック」が起きる。これにより多くのビデオゲーム会社が倒産することとなった。始祖のアタリ自体も、一時は壊滅状態であった4)参照:アタリショック – Wikipedia。
本格的にビデオゲームが普及するのは、1983年に任天堂がファミリーコンピュータ(海外は1985年のNintendo Entertainment System/NES)を開発・販売するまでを待たなければならなかったのである。
第5世代から急速に発展する
さて、話を思いっきり飛ばして、第5世代以降を見ていく。ここからは今までのカセットROMからCD-ROMが主流となる(任天堂を除く)。1994年、ソニーはPlayStation, セガはセガサターンを発売。任天堂は1996年にNINTENDO 64を発売する。CDは安価でありながらROM容量が大幅に増えたこともあり、グラフィック・サウンド・ムービー・3Dにより力が入るようになる。
そこからの解説は、もはや不要であろう。第6世代(DC, PS2, GC, Xbox)、第7世代(PS3, Wii, Xbox 360)、第8世代(PS4, Wii U, Xbox One)、第9世代(現行はSwitchのみ、PS5は販売開始間際, Xbox Series X/Sは不明)となっていくにつれ、あらゆる面での性能向上と、現実に近い質感を再現できるようになった。現在はほぼ何でも作りこむことができるようになっている。「ゲームのみの性能」として見ると、所謂ゲーミングPC以上のものがあるだろう。
並行して:携帯機の発展
ところで、忘れてはならないのが携帯機である。これに関しては簡単に済ませるが、携帯機の「独自性」を位置付けたのはやはり任天堂である。それは携帯機第6世代、2004年発売のNINTENDO DSだ。『2画面+タッチスクリーン』という当時画期的だったそれは、携帯機であるが直観的操作を可能にし、これが人気を博した。今までがコントローラーによるコマンド操作式だったのが、自分の手で動かせるということで、非常に大きな反響を呼んだのである。タッチパネルの採用を考えると、ある意味スマートフォンのモデルである。
この独自性が後に標準化され、携帯機第7世代はタッチパネルがないことはあり得ない話となった。あのソニーでさえ、2011年発売のPlayStation Vitaにはタッチパネルを採用したためである。しかし携帯機第7世代の裏で、スマートフォンの普及と開発競争の激化が始まり、同時にスマートフォン用ゲームアプリの開発とApple, Googleのプラットフォームによる配信が始まったこともあって、携帯機はここで実質的な終焉を迎えることになる。携帯機第8世代はソニーが完全撤退、任天堂はSwitchが両用の意味で実質的な携帯機であり、明確な携帯機は出現していない。携帯機は殆どがスマートフォンに成り代わってしまったと言える。
ゲーム×○○という考え
ここまでは歴史のお勉強をした。ゲームといえど、歴史を掘り下げると深い話が様々なところに存在する。それほどまでにゲームは文化の一部となっているのである。ところで、ゲームの進化に伴って、ゲームに現実世界の要素をプラスしたものが増えていることには気付いていたであろうか。さて、ここからはゲーム×○○について見ていく。
携帯機第6世代に「ゲーム×脳トレ」が登場
携帯機第6世代、それは携帯機の概念が大きく変わった時代である。初の2画面+タッチパネル採用の携帯機ゲーム、NINTENDO DS(NDS)の登場。直観的操作を可能にしたこれは、手書きの文字入力もできるようになったのである。
この機能を十分に活かしたゲームが次々と開発される中、任天堂はある人物に協力を依頼する。それが後に「脳トレ」という言葉とジャンルを生み出すことになる、川島隆太教授である。
数十人の開発スタッフで川島教授監修のもと制作され、2005年5月19日、『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』が発売された。ゲーム×脳トレの第1号となるゲームである。このゲームは3Dポリゴン化された川島教授が登場し、脳トレのサポートをする。後にスマブラにアシストフィギュアで参戦するのは謎だが。
軽くゲーム概要
このゲームは毎日継続して脳トレを行うゲームである。収録されている簡単な計算問題を連続して解くことや、一瞬だけ表示されるものや出入りする家に残っている人数を当てるなどの記憶力を試すもの、音読を行い1秒あたりに読んだ文字数を計測するといったことを行い、脳をトレーニングする。またトレーニング以外でも、開始前に食べたものや朝一番最初にした行動を質問されたり、出題されたお題を記憶だけを頼りに絵を描くことがある。行動系は数日後に回答を質問され、それを思い出せるかどうかをする。絵は正解例との比較が行われる。
脳年齢チェックは、収録されているチェック項目からランダムに3つが出題される。声が出せる環境の場合、DSのマイク機能を使用した問題も出題される。その中に陣内智則がネタに使用していた色彩識別もある。出題された3題を完了すると、脳年齢が評価されるようになっている。「遊びながら脳トレし、脳年齢を測る」ができるのは、当時としては画期的であった。
脳トレブームの後:ゲーム×学習系の登場
さて、この脳トレ、脳の老化を防ぐことに関しての「明確な科学的根拠」がないとして、研究者の間ではしばしば批判の的にされていた。とはいえ、手軽に脳トレができるこれは大きな反響を呼び、敬老の日のプレゼントにも選ばれる程のものとなった。その後、反響が大きかったことを受けて、トレーニング内容を大幅に更新したシリーズ第2作『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』が12月29日発売となるなど、脳トレブームを巻き起こしたのである。その後は他企業も独自の脳トレゲームを開発する傾向があったようだ。そして現在、任天堂はSwitchで脳トレの最新版を出している。2005年に初めて登場したゲーム×脳トレは、時代の進化に合わせて脳トレそのものも進化しているのである。
また、DSで手書き入力ができるという特徴から、その読み取りを活かしたものがある。それが「検定・資格」シリーズであり、漢検・数検・英検の現実で一般的な検定、特定資格向け勉強ソフト、趣味的な検定がある。開発・販売メーカーはそれぞれバラバラで、NDSだけでかなりの数が出ている。これは私でも把握しきれない。
NDSが実質的に現役だったのはインターネットサービスが終了した2014年5月20日であり、一般的な検定はその7年前、資格や検定はその5年程度前に発売されたものが多い。このあたりは手軽に勉強ができることから腕試しに使う人がいれば、本気で合格するためにやりこむ人もいる。ただし、問題そのものは古いので、今も通用するとは思えないが。ただ、3DSになった今でも新しいのが配信されている。需要は一定数、常にあるようだ。
ちなみに、ソニーはどうだったかというと、PSPはほぼモンハンであった。その中での学習系(と呼んでいいかは定かではないが)が2004年12月6日発売の『ことばのパズル もじぴったん大辞典』であろう。もじぴったんそのものはアーケードゲームやPS2に既に存在していたが、手軽さで言えばPSPになるだろう。なお、後にDS版も出たようだ。学習系はだいたいこんなところである。
コンシューマ第7世代「ゲーム×フィットネス」の登場
携帯機が手軽さと独自性で優位に立っていた頃、コンシューマは新たな試みがされていた。コンシューマ第7世代、任天堂はWii、MicrosoftはXbox 360を打ち出す。さらに両社は、人の動きを感知する専用デバイスを開発する。同時にそれを利用した、フィットネス要素をプラスしたゲームを開発した。それが、任天堂がバランスWiiボードと『Wii Fit』5)2007年12月1日発売。バランスWiiボードと同封されての販売である。バランスWiiボードの単体販売は2013年10月31日からオンライン限定で開始した。実は扱いは「体重計」である。、MicrosoftはKinect6)2010年11月4日、アメリカで発売。日本は11月20日発売。、ゲームは虹6でおなじみのUBISOFT開発の『ユアシェイプ フィットネス・エボルブ』7)2010年12月09日発売。Wii Fitより周回遅れでのフィットネスゲーム発売である。である。Xboxはデバイス開発元とゲーム開発元が違うことに注意。
さて、それぞれの専用デバイスについてだが、バランスWiiボードは乗った人の体重を感知して動作する地面設置/無線型、Kinectはモーションセンサーカメラの画面前設置/USB接続型である。バランスWiiボードは乗った人しか認識できないが重心変化や体重測定が正確で無線接続のため場所を選ばず使える。Kinectはモーションセンサーに加え音声認識もあり、身体で直観的操作を可能にした。またKinectはその高性能さから、医療診断や機械制御の研究用にも使用されているほどである。
Wii Fitとユアシェイプ:それぞれのゲームの概要
簡単に概要を解説すると、Wii Fitはボード制御の関係上ボードからあまり動かないものが多く、内容もほぼ動かないでできるものが多い。バランス感覚、激しく動かない有酸素運動、ヨガ、筋トレといったメニューとなっている。これらは殆どが重心変化の伴うものであり、重心変化をとらえるためには常に足が片方でもボードに接触していなければならないことを意味する、その意味では比較的おとなしい。また、万が一にでもボードを思いきり踏んで破損しないようにしているためか、足踏み系は少ないようだ。あっても程度の軽いものである。
それを踏まえたうえで、Wii Fitは新しい運動メニューを追加し、目的別に合わせたフィットネスコースや個人でカスタイマイズできる機能の追加、よりわかりやすい指標の設定、赤ちゃんやペットの測定も可能にするなど新しい要素を追加した『Wii Fit Plus』を2009年10月1日に発売している。ここから任天堂はフィットネスにかなりの熱意を注ぎ込んでいることがわかる。
ユアシェイプの場合、Kinectは殆どの場合画面の前に置く関係で、メニューは動きのあるものが多い。ゲーム内でも動ける範囲が指定されているがわりと広めに取られているようだ。これは常に足が片方でも触れている必要のあるボードと違い、身体の可動範囲の自由度の高さを示している。このゲームは海外で手掛けられているため、メニュー監修はハリウッドスターやセレブを担当するトレーナーが行っている。また、凝った演出、ミニゲーム形式のトレーニング内容に加え、発売当初から個人に合わせたトレーニングメニューを自動で設定するシステム、時間的なショートトレーニングやロングトレーニングのセットなどが用意されている。発売こそWii Fitから3年後であるが、後発だからこそのこの完成度であろう。
UBISOFTも出しただけでは終わらなかった。ユアシェイプをプレイしたユーザーのフィードバックをもとに、新しいメニューの追加と既存メニューの改良、コーチのアドバイスをより個人に合わせて最適化、ダンス系エクササイズを追加した『ユアシェイプ フィットネス・エボルブ 2012』を2011年12月15日に発売している。Wii Fitに誘発されたのだろうか、しかしゲーム×フィットネスという組み合わせができるのは任天堂だけではないことを示してくれた例である。
しかし任天堂の初動が早かったため、ゲーム×フィットネスは任天堂に優位があった。元々のプロジェクトは任天堂の功労者である宮本茂氏の体重を測る趣味から、これをゲーム化するということからできたものである8)参照:社長が訊く『Wii Fit』。これが結果的に功を奏し、Wii Fit, Wii Fit Plusともに全世界で2000万本売上を突破し、バランスWiiボードは2010年時点で3200万台以上を出荷した「世界で一番売れている体重計」としてギネス世界記録に認定されている。ゲーム×フィットネスは、こうして任天堂の強みとなっていった。
「ゲーム×フィットネス」任天堂の独り勝ちへ
そして現在--コンシューマは第9世代へ突入する。動きが早かったのは任天堂、2017年3月にコンシューマであり携帯機であるNINTENDO Switchを発売。ソニーは2020年11月にようやくPS5発売を予定し、Microsoftは2020年11月にXbox Series S/Xを予定しているという状態である。この時点でコンシューマは任天堂の独走状態である。
そして任天堂のゲーム×フィットネスは止まらない。2019年10月8日、ゲーム×フィットネスの最先端となる、『リングフィットアドベンチャー』をリリースした。Switch登場から約2年6ヶ月後のことである。
このゲームはフィットネスの究極系といえよう。Wii Fitと比較すると、Wii Fitはトレーニングやミニゲームは多数存在していたものの、ストーリー性はなかった。対してRFAは非常に壮大なストーリーが組まれたフィットネスゲームであり、「長期間のフィットネス・プログラム」となっている。そのほか、手軽に行えるミニゲームも多数収録しているが、メインはストーリーモードである。
任天堂が生み出したのは「単純なミックス」以上のもの
既にWii Fitという経験がある任天堂。その経験を生かせば、Switchのゲーム×フィットネスも簡単に作れそうだということは考えやすい。ただ、開発はそう簡単ではなかった。開発者インタビューでは、「見通しが甘かった」ために、ゲーム要素を強くすると肝心の運動が弱くなってしまうという本末転倒な事態が発生してしまう。そのため開き直って運動を強くすることにしたのである。
でもそれだけではプレイヤーがいなくなる。なので、それ以上にエフェクトを派手に、大胆にし、さらにパートナーであるリングのポジティブな声掛けも入れてプレイヤーを「応援」するという手法を取った。確かに、強い運動に対してそれ相応のプラスの反応が返ってくると、やっている側もやる気が上がってくるというものである。特に殆どの人が「嫌い」とする運動に関しては、継続するうえで一番大事なことであると考えている。
また、これまでのゲーム×フィットネスと比較して、運動負荷が高いため身体に大きな負荷がかかる。そのため開始前にウォーミングアップ、終了時にクールダウンのストレッチを設けている。アドベンチャーモードでは20~30分を目処に「そろそろ辞めませんか?」のメッセージが出るようになっている。継続も選択可能で、その場合はオーバーワークへの注意と水分補給を忘れないようにとメッセージが出る、親切設計である。プレイヤー目線で設計されていることがよくわかる。
終了時はリザルトとして運動の結果を振り返る。結果は蓄積され、それに応じて色々なコメントをしてくれる。基本的に運動した時間とその回数を振り返る。また、ちょっとしたことでも褒めてくれるので、そこがまた面白い。さらに運動の特定回数を超えると、派手なエフェクトで祝ってくれる。継続のための工夫があらゆる場所に凝らされていることがわかる。
その他、難易度は運動の妨げにならないように調整し、リングコンは耐久性を追求し壊れ方すら安全になるようにしている。レッグバンドは着け心地を求め、あらゆる人が装着できるように(34~70cm)対応。ゲーム内で手本となるキャラクター(名前:ミブリさん)は、ただ手本を見せるだけではなく、ちょっと「抜けている」ところを演出してくれる(開始前/終了時)。
ゲームとフィットネスの本筋以外のところにも力を入れ、徹底的に「継続」できるような要素を入れて、しかし本筋を見失わないように設計された新しいゲーム×フィットネス、『リングフィットアドベンチャー』。ただ単純にゲームと融合させただけではない、楽しく・徹底的に・継続できるというゲーム。任天堂は素晴らしいものを生み出したのだった。
ゲーム×VR:リアリティの上限突破へ
ここまではずっとゲーム×脳トレとゲーム×フィットネスについて熱く語ってきた。だがもう1つ、忘れてはならないのは、「ゲーム×VR」である。これはコンシューマ機ではソニーが、PCはGPUを製造するGeForce, AMD両社ともに力を入れている。元々PC屋であるMicrosoftは、最新XboxへのVR搭載予定はないと明言している。VRはPC任せになるのだろう。
ゲームにおけるVRはコンシューマに限れば1995年7月21日のばーちゃんボーイバーチャルボーイ(任天堂)が有名だが、これは売れなかった。当時はまだ時代が追い付いていなかったようだ。その後は様々な企業がVRに着手しては失敗し、90年代末期においてVRはゲームの舞台から姿を消すことになる。次にスポットライトが当たるのは2012年、米Oculus社がWindows系PCのVR向けHMD(Head Mount Display)のRiftの開発プロジェクトを開始、製品版は2016年3月発売となった。ここからVRが再び動き出し、他企業もVRデバイス開発に乗り出す。
ソニーが動いたのは2016年10月13日、PlayStation 4と後継の5で動作可能なVRデバイス『PlayStation VR』を発売した。コンシューマでの明確なVR対応は、これが初であろう。なお、これに並ぶ存在であるXbox Oneについて、VRの情報が一切見られない。本当に対応させる気がなかったようだ。
オーバースペックを平気で行えるゲーミングPCにおいてGPUメーカーであるGeForce, AMD両社はVR ReadyというVRが快適に動作するGPUの認定を行い、VRに最適化されたGPU開発とドライバアップデートを行っている。VRデバイス自体は、他社に任せているという現状である。
VRは技術的問題がまだ残る
VRデバイスが2016年に様々なものが登場したとあって、その年をVR元年としている。ただ、肝心のVRデバイスが高額であるのと、VR対応のコンテンツが少ないこともあって、売れ行きは不調である。RFAと比べれば、VRの話題は殆ど聞かない。また、技術的問題はまだ残っている。PSVRやOculus Riftは接続にコードが必要であり、ワイヤレス化にはまだ遠い状況である。一応、ワイヤレスで単体でも動作するOculus GO(販売終了、後継がOculus Quest 2)があるが、これはあくまで試作品のところがありPCゲームを入れられないようだ。Quest 2はまだ予約段階である。情報によれば別売りのOculus Linkケーブル(USB3.2 Gen 1 Type-C , アクティブ光ケーブル)をPCと接続することでPCゲームも可能だが、結局ケーブルが必要である。もっとも1本のケーブルで済むことは進化であるが。
別の問題としてはプレイ後に酔ったような感じ、所謂VR酔いを発生させることがあるという問題がある。これは個人差があるため対応が難しい。ここの部分の解決には時間がかかるだろう。なお、12歳以下の子供は目の機能に障害を与える危険性があるため、使用禁止となっている。また、VRコンテンツの作成にコストがかかりすぎるという、クリエイター側の問題もある。これに関しては複数の企業が集合して管理団体を設立し、共通プラットフォームを構築。これを年会費を払う形で利用できるようにするという案9)参照: VRの可能性 | 情報誌「戦略経営者」 | TKCグループが出ている。この場合利権問題への発展が懸念されるが、だが一般消費者の範疇ではない。
正直なところ、VRは今度は技術的に未熟で伸び悩んでいるように見える。VRが一般に手を出しやすく、かつ身近なものとなるにはまだまだ時間が必要である。それまでは、私達は静観しているだけであろう。
「ゲーム×○○」可能性は無限にある
ここまで、ゲームの初歩的な歴史から「ゲーム×○○」という視点でゲームを見てきた。単純な勝ち負けしかないゲームに転機が訪れたのが携帯機第6世代、NINTENDO DSの登場。そこでDSの機能を生かした「ゲーム×脳トレ」とそこから発展した「ゲーム×学習系」。漢検・数検・英検をメインとした資格系から特定資格・趣味系の検定など、幅広く作られていた。これらは現実で大いに役に立ったことであろう。
次に動きがあったのはコンシューマ第7世代である。人の身体の動きを読み取る専用のデバイスを任天堂、Microsoftが開発した。しかし先にゲーム×フィットネスに乗り出したのは任天堂、それも専用のデバイスをフィットネスのために開発したのである。こうして生まれた『Wii Fit』はゲームへの考え方を捉え直す機会でもあった。そして後発ながらUBISOFTが『ユアシェイプ フィットネス・エボルブ』を打ち出し、ゲームで身体を動かす「運動」が広まっていった。その後はコンシューマ第9世代、任天堂は『リングフィットアドベンチャー』をリリースし、ゲーム×フィットネスの究極系を作り上げることに成功した。任天堂はゲームメーカーでありながら、フィットネスのプロと言える。
その陰で、ゲーム×VRは開発が進んでいるものの、技術的問題やVR関連機器の売上の伸び悩みで上手くいっていなかった。まだ未熟であるが、だからこそこれからの進化に期待である。VR技術の進化が進めば、単にゲームだけでなく仕事でも大いに役に立つはずである。例えば、医療における難易度の高い手術のシミュレーション。実際の患者を使わずに訓練できるというのは、大きなメリットだ。
さて、「ゲーム×○○」と言っても紹介できたのは説明しやすいことだけだったが、ゲームの進化がさらに進めば、いずれは「ゲーム×仕事」も現実になるであろう。端的だが、実現すれば労働のイメージを大きく改善することに繋がり、雇用のあり方をも変える出来事になるだろう。夢物語だが、マイナスイメージが強いのが仕事なのだから、少しはこういうことでプラスイメージに繋げてもいいはずだ。最後に一言、
ゲーム×○○の可能性は無限である
以上、ゲームの進化:遊びながら○○する時代へ、であった。それでは、次回の記事で会おう。
リンクス岐部(LINKS-KIBE) at 17:33 Sept. 28th, 2020
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脚注
本文へ1 | 1972年にノーラン・ブッシュネルが創業した、アメリカ初・世界初のビデオゲーム製作会社である。代表作は卓球ゲーム「ポン」。家庭用ゲーム以外にPC・ピンボール・電子ゲームも製作していた過去がある。参照:アタリ (企業) – Wikipedia |
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本文へ2 | 参照:ゲーム機 – Wikipedia 第○世代などの解説はここを参照する |
本文へ3 | 1979年10月1日に設立されたアメリカのコンピューターゲーム開発/販売会社。アタリ上層部と待遇で対立した技術者達で設立されている。1982年~のアタリショックを乗り切った企業の1つである。代表作はCall of Duty 4: Modern Warfareシリーズ。パブリッシャーは |
本文へ4 | 参照:アタリショック – Wikipedia |
本文へ5 | 2007年12月1日発売。バランスWiiボードと同封されての販売である。バランスWiiボードの単体販売は2013年10月31日からオンライン限定で開始した。実は扱いは「体重計」である。 |
本文へ6 | 2010年11月4日、アメリカで発売。日本は11月20日発売。 |
本文へ7 | 2010年12月09日発売。Wii Fitより周回遅れでのフィットネスゲーム発売である。 |
本文へ8 | 参照:社長が訊く『Wii Fit』 |
本文へ9 | 参照: VRの可能性 | 情報誌「戦略経営者」 | TKCグループ |