【簡単で本格的】”VRiod Studio”使ってみた!~cluster独自アバター制作編~

この記事の概要を簡単まとめ!

  • VR世界は手始めにclusterを取り上げた
  • 「調べる」だけなら初期アバターでも問題ない
  • 今後の活動の起点にもなるため本格的に制作することに
  • 3DCG技術が無くても3Dモデルを作れるのがPixiv公開がしている”VRoid Studio
  • プリセット調整式であるが、cluster標準より詳細に設定できる
  • サンプルアバターがあり、これをベースに改造することもできる
  • ライセンス条項は存在するが、通常利用であれば問題ない
  • 制作したものはそのままclusterの独自アバターとして使用可能
  • 望みの物がないならツールを最大限に活用して創っていけ

趣味を広げることは、それ自体は決して悪いことではない。しかし手広くやりすぎると、本来やるべきことをやれなくなるという本末転倒が発生する。そのため、どこまで手を出すかということを意識しながら触れていく必要がある。ただこの場合は器用貧乏になるため、専門家に勝てることはない。

それとは別に、今後の活動のためにどうしても必要になったため、資料を集めて勉強しながら使うパターンもある。それはソフトウェアやツールのリファレンスに限らず、学校で習う基本科目、所謂五教科と呼ばれるものや高校・大学レベルの内容の教科書やネット上に転がっている情報で勉強することもある。ゆかりねっとコネクターを制作したNao氏も、学生時代には苦手だった数学あたりを制作にあたって勉強したという逸話があるくらいだ。

とはいえ、殆どの場合は既に何かの趣味や勉強していることがあって、追加で勉強する時間が取れないということは多い。最近需要が上がっている人型の3DCGモデリングは、何もないところから制作するにしても制作するためのソフトウェアやツールの操作方法はおろか、制作手順すら難しく、機能が多彩で便利なものほど高額であり、全般的に手を出しにくいものになっている。だがそれを解決するツールを、クリエイターの「発表の場」を提供するPixivが公開している。そのツールの名前はVRoid Studio。人間型のモデリング未経験、それ以上に3DCG未経験でもいい感じに作れるツールを解説し、参入の敷居を低くしてみることに決めた。

【未知の世界が待っている】”cluster”使ってみた!~初めてのVR世界へ~

この記事の概要を簡単まとめ!

  • 少し前、Oculus Quest (2019)を入手しVR世界への鍵を手に入れた
  • VR系SNSはVRChat(VRC)とclustrerの2つに分かれる
  • VRChatは情報はほぼ既出、よって私はclusterを検証する
  • 初めて使うため、登録から実際に自由に動けるようになるまでを調査
  • VRデバイス以外に様々なプラットフォームに対応し、登録はそこからも可能
  • 任意のサービスと連携することで、ログインが簡単になる設計
  • 最初は適当なプリセットのアバターを借りて歩き回れる
  • 標準でAvatar Makerがあり、ある程度自由に作れる
  • 今後もclusterをはじめとしたVR関連記事は増やしていく

人は未知を恐れる。それは一般的反応であり、特記すべきことではない。では逆に、その未知に対する恐怖を克服或いは抑制するにはどうしたらいいのだろうか。私が知りたいのはそれである。未知への恐怖をどうにかしなければ新しいものには巡り合えないわけで、その意味では人間の謎と言えるものだ。

私にとっての未知といえば、VR世界。それは今までVRデバイスがないこと、VRでやりたいことが全くないために触れることもなかった世界である。このまま過ごしていれば一生触れなかったであろうそれは、最近の活動の関係もあって知らなければわからないことが増えてきた。そうして手にした旧世代機であるOculus Quest (2019)、ここ最近は忙しく、使う暇がなかった。

現在はなんとか落ち着いたため、Questを使い、それを記事にする時間ができるようになった。本当のところはゲームを記事にしたいのだが、何せ部屋が狭いために自由に動けない状態だ。そこで最初にやるものとして目を付けたのが、VRChatと並ぶバーチャルSNS、clusterである。順序的にVRChatを先に紹介した方がいいのではと思う人もいるが、あえてclusterを選んだ理由は簡単。ゆかコネ3周年イベントはclusterで行われたためだ。ということで、今回はclusterに触れるのは初回となるため、登録から自由に動けるようになるまでをここで解説していく。

【まだまだ進化する】ゆかりねっとコネクターNEO使ってみた!:2022新機能解説編

この記事の概要を簡単まとめ!

  • 字幕のリアルタイム表示と翻訳で有名になりつつあるゆかりねっとコネクターNEO
  • ゆかりねっとコネクターよりも利用者が増えたことで開発優先度が上がった
  • 定期的に新しい機能が追加され更新されるので再度記事を書くことに
  • 検証対象は開発版、安定性を保証しない分最速で最新機能が追加される
  • ゆかコネ3周年イベントで先行公開された話者表示機能も最近の更新で追加
  • わんコメコラボによりわんコメとの連携も可能になった
  • 字幕表示レイアウトも複数追加され、見せ方も多彩に選べる
  • 各種プラグイン、マニュアルはゆかNEOの取説ページに殆ど存在
  • 情報は十分揃っている、今から使い始めても大丈夫だ

「何かを始めるのに遅いはない」、これはどこかの誰かが言った、割と多くの人が同意していることである。しかし始めるのが遅いと、どうしてもそのコンテンツに既に触れている人と比較して気後れをしてしまう人がいることは、十分あり得ることだ。これはどんなコンテンツでも起こることであり、特にゲームにおいてはそれが顕著である。インターネット接続を前提とするものは尚更であろう。

逆にツールについては遅くから始めると、今まで触れてこなかったことに後悔を覚えつつも、その便利さに愛用し続けるようになることも珍しくない。その1つにゆかりねっとコネクターがある。リアルタイムで翻訳を行い、字幕表示も同時に行えるNao氏が制作したコミュニケーションツールである。単純に翻訳と字幕表示を行うためのツールであったそれは、多彩なプラグインを搭載し他のソフトウェアとも連携が行えるようになった。そして軽量版となるゆかりねっとコネクターNEOが制作されると、「ほぼ同じことができる」ことによってメインの開発がこれに移行することとなった。

通常の仕事の合間に開発が進められる関係で常時更新とはならないが、ユーザーの要望を常に聞いては取り込むことを行っており、更新頻度はかなり早い。そのスピードはiOSのアップデート頻度より上だ。気付けば新しいバージョンが既にアップデートされていて、中身を色々変わってくる。その関係もあり、短い間隔ではあるが、再度ゆかNEOについて書くことにした。

【VRの革命機】初代Oculus Quest使ってみた!:設定から使えるようになるまで

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  • 現実に最も近い世界、VR(=Virtual Reality)
  • 体験には専用のVRデバイスが必須で、多くのデバイスは高額である
  • 2019年、Facebookがスタンドアロン型VRデバイス”Oculus Quest”を開発
  • 2020年にQuest 2が登場し、販売終了・型落ちにより中古品は安くなった
  • 状態が良好なものを2万円以内で入手、中身を調査することに
  • 最初の設定はスマートフォンを経由して行う現代的設定方法
  • Facebookアカウントが必須、作成してからセットアップになる
  • 現行Quest 2よりややスペックが低く一部ゲーム非対応以外は何ら問題のない性能
  • 実際にVR専用のゲームやアプリを使ってみた感想は次回以降の解説

ゲームの進化はすさまじい。少し待てばすぐ新しいものが出てくる。そして1秒前まで「最新」とされていたものはあっという間に型落ちになる。そのスパンは既に行き着くくらいに短くなっており、1年感覚で新しいゲーム、デバイス、ハードウェアそのものが登場するような状態になっている。正直あまりにも早すぎるような気もするが、それだけ技術的進歩が進んでいる証拠でもある。製品のライフサイクルを考えると微妙なところもあるが。

昨今のVR事情は果たしてどうだろうか。私が見た中では、急激な盛り上がりこそないが着実に成長を遂げている分野であると認識している。これはclea氏がオノゴロ物語のアンバサダーとして体験版を見たとき、VRデバイスの特徴を十分に活かしたものとなっていたからである。VRデバイス自体は進化しているが、コンテンツがまだ追いつかないことが多かった中、そのVRゲームはVRの今後の可能性を与えた。

ではVRデバイスそのものはどうなのかと言われると、メーカー不問で総じて10万を超していた。残念ながら最先端技術の塊とも言えるVR、どうしても高額になるのは避けられないものである。そんな中、それを打ち破るVRデバイスがFacebook(現Meta)から登場し、性能は決して悪くないがうまい具合の価格になったことで、VR市場に新たな活気を与え、多くの人がVRを楽しむことができるようになった。その名は”Oculus Quest”。現在は”Meta Quest”と呼ばれるそれ、中古品で状態良好なものを安く手に入れたので、今更ながらこれをレビューしていく。

【それだけじゃない】考察:何故鉄道オタクは嫌われるか~撮り鉄以外もいる「厄介オタク」~

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  • 趣味や特定分野を極めた人は「オタク」と呼ばれる
  • 交通インフラにも「オタク」は存在し、その中に「鉄道」がある
  • 派閥が多数存在し、その中の暗黒領域が「撮り鉄」
  • 一般人・鉄道事業者以外にも多方面に迷惑をかけ、世間評価は最低
  • 「ごく一部の悪行」しかし外野から見れば全て同じに見える
  • しかも「撮り鉄」以外の鉄道オタクも厄介者がいる
  • 実体験:遺品整理時にくだらない文句をつけたクソ野郎がいた
  • それらの行為、結果的に誰かを不快にしたり迷惑をかけている
  • 結論:生産性がないどころかマイナス効果を与えるから嫌われる

2週間に1本しか出せないような状況になって、おおよそ1ヶ月。このような状況になっても、可能な限りは記事を書くようにしている。しかし、遺品整理は相も変わらぬ状況、さらに各サイトへの出品業務と様々な対応に加えてネタ探し、料理とやることは多い。そろそろ頭の血管が切れてもおかしくはないような気もしてきており、このままで大丈夫なのだろうか。

遺品の内容の殆どは鉄道模型であるが、このことからわかるのが祖父は俗に言う「鉄道オタク」の1人であった。それも戦前の頃からであったので、つまるところ子供の頃からそうだった。また、生きてきた時代の影響もあって、国鉄時代の蒸気機関車と電気機関車、それに牽引されていた旧型客車などが好きで、あるいは同時代の私鉄車両・廃止された市電系の車両も一部集めていた。その方面ではかなり専門的な知識を持っていたようだ。

そんな中、外野からはもちろん同じ趣味を持つ人からも嫌われる存在となるのが「撮り鉄」の存在だ。これは一般的なインターネットニュースでさえも取り上げられるくらいには有名であり危険な存在として認知される。ただこれは全体の一部に過ぎないわけだが、その存在のせいで鉄道オタク全体は嫌われがちである。なので本当のところの指摘対象はその撮り鉄なのだが、撮り鉄以外でも鉄道オタクの「厄介オタク」は存在する。それを最近に体験した私であるので、今回はそれについて書いていく。なお、この記事は鉄道オタクには辛い記事になるため、該当する人でこの先に進む勇気がない人は今すぐ車庫に帰った方がいいだろう。

【デジタル時代の考え方】ミニマリスト論2:物を「物質的」に持たないは正解か?

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  • 祖父の遺品整理に忙しい現在
  • その量は多く、全てを管理するのに時間がかかっている
  • 今後の引っ越し予定にも合わせて自分のものも捨てる準備をしている
  • 移動を頻繁にするのなら「ものが多い」ことは足枷になるはずと気付く
  • 最小限の物で生活する「ミニマリスト」を再び考え付く
  • 毎日使うもの、こだわりのもの、代替不可能なもの以外は「不要」と捉えられるかどうか
  • デジタル化推進時代、残したいものがあるのならそれを利用する手がある
  • VR技術の継続的進化は近い内「完全再現」を可能にする
  • 物質的に残す時代は終わりか?

忙しさが増えてしまうと、自分の作業が中断されることが多くなる。したがって、現状の私は記事の1本を書くことですら滞りがあるような状況であり、おそらくはこの状態が最低でも6ヶ月は続くと見込んでいる。正直私はこの状況を良しとしない。というのも、一応の本業であるブログクリエイターが遺品整理によってまともにできなくなっているからである。本業を犠牲にしてまで遺品整理してしまうのは、私としてはナンセンスにも感じることである。

さて、そんな遺品整理をしている時に感じたことがある。一言で表せば「多すぎる」ということであるが、それは遺品以外の物でも当てはまる。日常生活において「使わないが手元に置いておきたいもの」というのが存在するはずだ。欲が多い人は、それがかなり多くなることであろう。そうなったとき、部屋に使わずに置いてあるものが増えていくことに違いない。コレクターズアイテムであれば尚更、買った後は未開封か、どこかに飾っておいて後は放置、ということが一般的であるはずだ。

ただ、最近の出来事からこれはあまり利口ではないということを考えた。家族の誰かが転勤族のために頻繁に引っ越しをする必要があることを代表例として、人売り企業SESなので様々な場所を行ったり来たりする、一軒家やマンションを手放すことになった、といった事態は起こり得る話である。その際に持っている荷物が多すぎると移動に苦労することはすぐ想像できる。結局そこで余計な荷物を棄てる手間が発生するので、だったら最初から「使う物だけ」しか持たない方が効率がいい。これが所謂「ミニマリスト」と呼ばれる、必要最小限の物で生活するスタイルになる。以前にもミニマリスト的な生活について書いたが、今回は時代に合わせた改訂版と思って読んでもらいたい。

【重い話】人の「死」の目の前にした感想~延命で死ぬか突然死か~

この記事の概要を簡単まとめ!

  • 死はいずれ来る「生物」故の避けられない宿命
  • 身近な人、祖父を失う経験を直近にした
  • 真夜中に突然の「心臓麻痺」で誰も気づけずに亡くなった
  • 少し経って考えたのは「死に方」の問題
  • 「生きることを諦めた」とは到底感じられなかった突然の死
  • 延命治療によっていつまでも生き長らえるのは拷問か否か
  • 持続する苦しみよりは突発的な一瞬の出来事の方が楽か
  • 祖父の死後、今後の生活については実質「不明」
  • 「どう死ぬか」はある意味一生議論される課題である

突然のことに気が動転したり足をすくんでしまうことなく対応できる人というのは少ない。多くの場合は、発生する事象が想定されていない状況であることが多いために、対応マニュアルがそもそも存在せず、その結果どうしたらいいかわからずに立ち往生してしまうということが往々にして発生しやすいためである。かといってそれに対応するためのマニュアルを作成したとしても、その通りに進むことは100%ではない。難しい問題である。

そして突然のことと言えば、人の死も突然のことの代表格だ。病気で余命宣告されたがそれ以上に長生きすることもあれば、普段の生活で気を付けていても不慮の事故や内臓系の病気などで死んでしまうことだってある。死亡理由も、直近の怪我や病気が原因であればそれとは無関係なこともある。そのため、本当の死因は解剖しなければわからないということも多くなってきている。

ところで家内の話となるが、2022年2月22日、私の祖父は静かに息を引き取った。26年間、同じ家で一緒に生活し、色々と文句を言いつつも遊んでは美味しい物を分けて食べていた大事な家族である。晩年は身体に様々な問題が発生し、それに対応するために病院に行っては薬を貰い、それを飲んで、さらには食事療法も行っていた。しかし死ぬ2週間前後はどういうわけか、わがままを言って動こうとしないことが多くなり、それはまるで「死ぬことを予知していた」かのように振る舞っていた。そうだと考えたのは死んで少し後だが、両親とも話しているうちに思ったことがある。今回はその思ったことを、自分の気持ちの整理と切り替えも兼ねてここに書き記していく。