【振り返り】総括・2020年~失われた1年と成長する「私」~

この記事の概要を簡単まとめ!

  • 私的な1年の振り返り記事
  • 1月の死のコロナウイルスであらゆるものが「失われた」
  • その間に料理の腕が何故かいきなり上がった5月からの変化
  • 社会は変わらずか悪い方向へ変わり、だが自分は良い方向へ変わった
  • 失われた1年の間に得られたものは大きかった
  • 総括:最悪の年に最高の成長をした

21世紀は最悪の事態詰め合わせセットなのか。100年に一度の事態が20年のうちに3回も起きていることになる。2008年・リーマンショック。2011年・東日本大震災。そして2020年・最新生物兵器:死のコロナウイルス。1003=100万である。20年のうちに1/106の確率を引き当てていることになる。いくら何でもひどい仕打ちだ、子供が不憫で仕方ない。

さて、2020年、死のコロナウイルスという最悪の真っ只中にいるわけだが、その最悪の1年も終わろうとしている。おそらく今後も馬鹿共のせいで終息しない死のコロナウイルスと隣り合わせの世界で戦い続けるだろう。だが2021年に入る前に、なんとなくだが総括として2020年を振り返る記事を書くことにした。この1年を振り返って、私的にどうだったかをまとめてみるというものである。これは自分のこと、社会のことの2つに分けることができる。前者は色々と変わったが、後者は全く変わっていない印象である。それどころか怒ってばかりだ。

何もかもが大きく変わり、前に進むのは非常に困難だ。それどころか望んで悪い方向に進んでいるという感触しかない。そんな中で見つけたものは、何だったのか。それを振り返ってみることにする。

最悪の年:2020年

2020年。この年は数年後、多くにとって最悪の年であることを認識する。2008年、2011年と同じ扱いとなるだろう。現在進行形で最悪が降りかかっている中で、この2020年を振り返ってみる。

1月、死のコロナウイルスであらゆるものが「失われた」

過去記事で何度も書いていることであるが、無能ジャップ政府が中国忖度・雀の涙ほどのインバウンド優先によって、既に中国・武漢で発生していた最新生物兵器:死のコロナウイルスが日本に持ち込まれ、当然のことながら感染者が発生し、そこから全国に感染が拡大したわけである。これも全て無能ジャップ政府と、その時点で独裁総理であった過去最低最悪の人の姿をした最低の蟲である元独裁者・安倍晋三のせいである。何故真っ先に死のコロナウイルスに感染して死んでくれないのか、これがわからない。

また、感染拡大の原因は無能ジャップ政府だけにとどまらず、思考停止し、他者を敬うことをしない馬鹿な日本人、軽蔑の意味を込めたバカニーズによっても悪化していった。また、無能ジャップ政府が感染拡大推奨失敗政策「GO TO HELLキャンペーン」を強行し、それに踊らされたバカニーズがあちこちに行って、結果余計に感染拡大することになった。どう考えても今すべきではない政策を打ち出し、終息を永遠に先の未来にしているような気がしてならないのと、それにつられて使ってしまうバカニーズ。日本には馬鹿しかいないのだろうか。



そして感染拡大によって、多くのイベントは人が集まることが前提であるため、そもそもリスクが高いということで殆ど中止となった。仕事も人が集まったりする関係から中断せざるを得ない状況になり、或いは一部の仕事は完全に需要がなくなって失業した人もいる。2008年のリーマンショックの後で起こったような状況であるが、それの比ではない。失業したら、「本当に仕事がなくて」復帰できないのである。一時はどこも自分達のことで手一杯だったという。

今まで積み上げてきたもの、作り上げてきた文化の殆どが、死のコロナウイルスただ1つ、それだけのせいで失われた。これは由々しき事態であるのだが、何もしなくても身分が保証される地位にある、無能国会議員という上級國民は「何もしない」のである。一般国民を見殺しにするかのように。これでは、約75年前の大日本帝国の思想とまるで変わらない。日本は、あの頃から何1つとして成長していないということを考えさせられるのである。

私自身の変化:5月から料理の腕がいきなり上がる

1月に世間一般が死のコロナウイルスで揺れる中、社畜適性0と判明し見事に社会不適合者となって約3ヶ月経過した私である。ただ目の前のブログに取り組むだけの日々に、いつもと変わりはなかった。この頃はまだ、何か特別なことをしようということはなく、死にたいが死ねない状況で怠惰に生きていた状態である。この間に新たに仕事を探すことは、恐怖が強くなってしまいできなかった。なお、1月~2月は諸事情でブログを休んでいた。

その後3月からブログを再開するが、おおよそこの頃から料理を始めるようになった。それ以前にも料理はしていたが、本格的に始めたのはここからである。とはいえまだそこまで料理ができるわけではなかったので、ある調味料の自作から始まった。その調味料が焦がしにんにく油「マー油」であり、自作は初めてだったため少量(50~60g程度)を作った。これに関しては、5月にマー油の本格的な作り方について書いたのがある。この3月にマー油を作ったことから、料理の腕が急速に上達することとなった。その第1弾となったのが、マー油パスタだ。

マー油パスタ:オリジナルゼロ
料理の腕が急速に上達するきっかけとなった第1弾、マー油パスタである。これが最初に作ったオリジナルパスタであり、マー油パスタとしてもオリジナルである。

これを作ったのは写真データで3月26日であった。そのためマー油はそれ以前に作っている(初回の写真データなし)。ちなみにこれを作るきっかけとなった商品1)その商品名はマー油の和風パスタソースというもので、カルディで販売されている。ネットで検索しても公式通販では取り扱っていないため、大手通販サイトか実店舗でのみ見つけることができる。味は……買わない方がマシだった。があり、しかし入手できなかったために自作したという経緯がある。ちなみに、マー油パスタを作るにあたり、味付けは完全オリジナルである。参考資料が殆どなかったのでベース味そのものまで自作したのが、これが初めてである。

その後は4月以降から、1日に1回はパスタの日が増えることとなった。その時点ではまだ市販のパスタソースに依存していたのだが、やはり市販品では何回も食べているとどうしても飽きてしまう。そこで私は、様々な調味料や食材を組み合わせた「オリジナルパスタソース」を作ってパスタを食べることにしたのである。これは4月に考案し、5月に本格始動した。指導初期は鰹だしとマー油を使用したものが多かった。それに対して食材を変えていき、決して全く同じ味(メニュー)にならないように工夫したものである。おかげで、パスタが飽きることはなくなった。当時バカニーズによるパスタの爆買いが発生していて、パスタがなくなることを危惧して私も爆買いせざるを得なかったことについては、本気で怒ったものだった。パスタが楽しめなくなってしまうからだ。こういうことがあると、日本人だが日本が嫌いになる。

パスタは何でもありだと気づく

パスタソースの自作はこれだけで終わらなかった。鰹だしとマー油をベースとしたパスタも画期的ではあるが、それに慣れてきた頃、流石にこればかりではと思いバリエーションを増やしたくなった。そこで私は、和の調味料をフル活用することにした。日本料理には欠かせない醤油味噌を使い、新たな味と食感を持ったオリジナルのパスタとパスタソースを作ることにしたのである。また、それに合わせて入れる具材・野菜についても変更することにした。

結果から言えば、これは「成功」である。やっていくうちに、和の調味料とパスタは相性が良いことを発見したのである。例えば、醤油の場合。具材をキャベツ・えのきを基本として、もやし・大蒜の芽・わかめをお好みで入れ、鰹だしと醤油で炒めて仕上げた。味噌の場合は具材は殆ど同じで、ここに鰹だし、豆鼓醤、味噌を水で溶かして仕上げている。塩も実は、メニューはあまり変わらない。ただし塩単体では味を出すのが難しいため、オイスターソースで仕上げている。長葱を追加し、鰹だしの代わりに胡椒を入れている。といったような感じである。




勿論、これ以外の味も作った。焼きそば風=焼きパスタ、豚骨まぜそば=まぜパスタ、青椒肉絲風、鯖の燻製、ツナ、サラダ風、納豆パスタなど。色々な種類を作りすぎて、ここには書ききれないほどになっている。また、それぞれのパスタは1つの味・作り方で1つの記事として成立するくらいのものとなっている。作り方を詳細に撮影できたら、書くつもりである。

そうしているうちに、確信したことがある。それは「パスタは何でもあり」、ということである。これまで様々な具材と調味料を使用してパスタを作ってきた私だが、いずれも旨く仕上げることができ、成功の連続である。無論、既存のパスタソースもたまに使うことはあるが、それも必ず具材を追加してさらにパスタソースそのものも同時に加工することで、飽きないようにしてきた。

その結果、パスタのレパートリーは具材の細かい違いも含めれば、両手両足20本では足りないほどになった。何故ここまでレパートリーが増えることとなったかについては私自身も不思議に思っている。だがその始まりは、マー油パスタを完全自作したところからだ。そして私は今後とも、オリジナルパスタを作っていく。パスタは何でもありだから、もっとすごいものを作れる可能性があるからだ。

おまけに、私が自作したパスタの一部を公開する。これが私の実力である。

パスタの選抜6個
リンクス岐部による、今まで作ったパスタの選抜6個。私の自信作であり、いずれも既存のパスタソースを使用しないものである。

変わるものと変わらぬもの

世界は常に変化する。だが死のコロナウイルスは、あまりにも早すぎる変化を与えた。だが文句を言っている暇はない、変わらなければ死ぬしかない。だが変化とは、良い方向も悪い方向も、どっちにも変化する可能性がある。或いは、本当に何も変わらずに死ぬかだ。私個人の感想では、不変5割、悪い方向4割、良い方向1割の感覚である。

何も変わらなかった無能ジャップ政府と無能な一般国民

ここまでくればもはやGHQの指導すら無駄になったかのように思える無能ジャップ政府だが、死のコロナウイルスが蔓延して以降もなお、「根本的な体質」はまるで変わることがなかった。一般国民が死のコロナウイルスに苦しんでも、無能で人間の屑でも何もしなくても、一般国民の怒りと失意を買うようなことをどれだけしても、「優先的に護られる、特権的階級」を持つ上級國民の国会議員共は、何もしようとしなかった。そして罷免も、されない。その姿、苦しんでいる一般国民を酒の肴にしているかのよう。非常に悪趣味で、非常に腹立たしい限りである。

統治の側である国会議員をはじめとした政治家は、無能国家日本においては独裁汚職傲慢の象徴であり、何十年も前から統治を放棄し、独裁を強めていた。これは、実際に行動しているという意味では政治家の悪であるが、そこに至るまでに選挙により選ばれたことを忘れてはならない。つまり、無能ジャップ政府を作ったのは紛れもなく一般国民であり、その意味では一般国民も無能と言わざるを得ない。寧ろ、思考停止したバカニーズと言うべきか。本当の敵は日本そのものなのかもしれない。

その無能は、結局今になっても殆ど変わることはなかった。保守的で自分達のことしか考えない無能ジャップ政府と政治家共は一般国民を代替可能な「奴隷」としか見ていないので、一般国民が死んでも構わないような政策、或いは上級國民が有利になる政策しか打ち出さない。同時に、思考停止のバカニーズもまたその無能ジャップ政府の策略に乗せられ、見事に無能を露呈する。日本人として恥ずかしくないのか。

もっとも、昔から日本という自称先進国・実態後退国は保守的で、既存のシステムや習慣を変更することは滅多にない。そしてそれは往々にして「現在の時代背景には似つかわしくない」ものになりがちである。これが結果的に悪い方向に変化する要因であったりする。私個人としては、オワコン国家ジャップの政治システムは根本から全て作り直すべきであると考えているほどだ。内閣不支持率50%以上になったら国民自身の手で強制解散できるようにしろ。他にも言いたいことはあるが、長くなるのでやめておく。本当に怒りしかないようだ

良い方向へ変わる自分

対して、私自身は少しずつだが、良い方向へと変わっていった。まずは料理全般、できるようになっていったことである。前述のパスタの話はもちろんのこと、それ以外の料理についてもできるようになった。普通のご飯のおかずを作るのも、まだ豪華なものができるというわけではないが、野菜をメインとした料理(どうしても肉が多い)を作れるようになっている。或いは、丼の一品料理である(下記参照)。

その他は、何故かひじき煮をよく作ったり、インスタントラーメンに炒めた野菜を追加しまくったりするなど、料理に関しては確実に良い方向へ変化している。ただ、客人に出せるレベルかと言われると、それはまだまだであると感じている。ただ、出来ない社畜をするよりは「職業」として考えられるが。出張料理人でもやってみようか。

料理以外のことで考えると、ブログクリエイターとしての活動は週1で濃厚な記事1本というマイルールは達成し継続中であり、殆どが10000字の記事であるのでこれは明らかだ。他には不要なものを極力買わなくなった(収入がないための必然的ミニマリスト化)こと、料理ができることになったことによる自身の体調管理や糖質制限ダイエットを実施することなど、身体に気を遣うようにもなった。出来合いの食材を買って食べることも、然程多くはなくなった感じである。



無論、死のコロナウイルス情勢でも変わることがなかったものもある。仕事については、変わることがなかったし変えることもできずしなかった。他者との交流も、近所以外には殆どない。このあたりは、自分の現状を垣間見ると今すぐには変えることは難しい気がしている。まあ、これもただのわがままにすぎないかもしれないが。だがこれもいつか変わることであろう。生きていれば、だが。

失われた1年の間に得られたものは大きかった

2020年は間違いなく「失われた1年」である。それはこれまでの経過を見ていればわかることである。少数の権力を持った無能が原因で、大多数の未来と文化を破壊した。それは金だけでは取り返すことのできないものが殆どであり、だがそれを破壊した張本人共は一切の責任を取っておらず、取る気もないという。神がいるのであればこういう屑には天罰が下っているはずなのだが未だ下っていないので無神論者である。

そんな中で日々を過ごしてきた私であるが、実のところ社会不適合者で社畜できずにいた私には、実害は然程なかった。というのも、99%は家にいるしかなかったためである。この状態であれば、失うものはある意味でないのかもしれないが。ただ、何かやらないといけないとか、このタイミングなので何かやってみようという気があって、たまたま偶然、死のコロナウイルスという状況に重なったということであろう。おそらく、いずれはそうする流れだったと考えている。

そしてそんな中で色々と新しいことを試したり、面白いからやってみようとなったことがいくつかあって、その結果が料理や今のブログのスタイル、節約などに繋がっている。これらは間違いなく、得られたものとしては大きいものになる。死のコロナウイルス情勢下という補正があるとは思うが、できることが増えたというのは、素直に喜んでいいことのはずだ。来年はいったい、何が得られるのだろうか。

総括:最悪の年に最高の成長をした

さて、今回は2020年のまとめとして書いているので、あまり長々と書くのは正直面倒である。で、結論は、

最悪の年に最高の成長をした

ということである。もちろんこれは、私についてである。果たして来年も同じくらいか、或いはそれ以上に成長できるかどうかについては不明である。だが2020年は間違いなく、最悪の年である。もっとも、これは最悪の始まりに過ぎないであろうが。

2021年以降も、無能が無能の自覚のないまま居座り続ければ、失われた1年の繰り返しになることは確実だ。だがそれでも成長するにはいいタイミングなのかもしれない。何かやりたいこと、やらなければいけないこと、新しいことをしたいというのであれば、2020年できなかった人は2021年にちょっとした気持ちでやってみるといいだろう。案外、うまくいって自分の成長に繋がるかもしれないからだ。

とりあえず、2020年ももう終わりだ、最後くらい派手に楽しもう。

 

以上、総括・2020年~失われた1年と成長する「私」~であった。それでは、2021年の記事で会おう。

 

リンクス岐部(LINKS-KIBE) at 17:42 Dec. 30th, 2020


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脚注

脚注
本文へ1 その商品名はマー油の和風パスタソースというもので、カルディで販売されている。ネットで検索しても公式通販では取り扱っていないため、大手通販サイトか実店舗でのみ見つけることができる。味は……買わない方がマシだった。
KIBEKIN
会社員という働き方が合わないのに会社員になってしまってから、半ば自分からリタイア後ブログクリエイターとなり活動してきた社会不適合者。今後の活躍の約束とHIKAKINリスペクトの意味を込め、リンクス岐部からKIBEKINに改名した。

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