【悪意のない広告を許す】個人的広告論2~その「アドブロック」は本当に必要か~

この記事の概要を簡単まとめ!

  • インターネットを利用する上で切り離せない存在の「広告」
  • 無料のサービスは殆どで広告がつくようになっている
  • 「信頼できるパートナー」が広告配信企業と提携し収益を得る
  • コンテンツの間に挿入される広告に嫌悪を示す人は少なくない
  • 広告を除去する手段は所謂「課金」か「アドブロック」
  • 「悪意のない広告」にはアドブロックは本当に必要か?
  • 交友関係にある人が「広告収入」を得ているなら尚更考えるべき
  • それでも広告が不要と感じるなら何でもすればいい
  • その人の助けとなるのであれば広告は決して「悪」ではない

最近よく思うのは、詐欺師と呼ばれる存在は実は詐欺のレベルは優しいのではないかということだ。詐欺そのものについては刑法に規定されている犯罪行為であるが、流石に命を自らの手で奪うことはしない。もっとも、被害者が自殺してしまえば間接的に殺人になってしまうが。しかしそれよりも詐欺を行っているのは政治家という、ジャップをジャップたらしめる諸悪の根源だ。一般市民を貶め、上級國民と自身の保身だけを重視する、人間の姿をした蟲。吐き気を催す邪悪そのものと言っていい程である。悪が巨大すぎると身近な悪が小さく見える。

さて、インターネットは接続できる回線(を契約する金)があれば、あらゆるものを利用することができる。そして大手企業などが提供するインターネットサービスを利用することができる、というのが一般的だ。多くは無料で利用できるものとなるが、一部機能は有料であるほかは全ての機能が利用できるが広告がいずれかの場所に存在し、それが変なところに現れて、色々と不便なことはある。

また、自分のコンテンツを持つ人は広告配信企業と提携して自身のサイトや動画に広告を挟むことができる。最近はストリーミングタイプでも広告を挟むシステムが構築されているため、収益手段は広くなってきている。しかし多くにとって広告は邪魔な存在であると認知があるため、それを回避するための手段が作られる。所謂アドブロックと呼ばれるものだ。

しかし最近、思うことがある。最近の交友関係にストリーミング配信で収益を得ている人がいるが、投げ銭と同時、広告を有効にして収益としている。その広告によってその人の収益になるなら、全ての広告が「悪」とは限らないはずだ、ということを考えたのである。よって今回は交友関係も考慮した、私見の広告論を展開していく。

【広告の在り方】推測、人が「広告」を嫌う理由

この記事を概要を簡単まとめ!

  • インターネット上でも多く見られる広告
  • 広告は一部の企業の収益である
  • 広告の表示方法にいささか問題がある
  • 嫌われる広告は広告の中身と配置方法にある
  • 作る側と配置する側がそれぞれユーザーフレンドリーを目指す
  • 広告が「新しい発見」に繋がるように

宣伝は、あらゆる商品やサービスを展開する上で欠かせない「戦略」の1つである。

商品やサービス(以下プロダクト)が売れる理由は、ネームバリュー・リピーター・新規ユーザーのどれかである。しかしネームバリューは一部のDIE大企業の特権でしかなく、リピーターも定期購入(サブスクリプション)が多いため、特段の収入源となることは少ない。そのため、新規ユーザーを取り入れることが利益を上げるに必要なこととなってくる。

しかし、新規ユーザーの多くは、何かしらのきっかけがなければプロダクトの購入には至らす、様子を見るのみである。その理由として、人は往々にして新しいものに手を伸ばすことを怖がるためである。これは人の本能としての反応である。特に無能が多い日本人は国民性からかその傾向が強く、チャレンジをしないことでも有名である。その所為で保守的な無能が多いため、革新が起きず日本オワコンが加速するのだが。

それを促進する方法として、供給側はプロダクトの宣伝を行う。宣伝の方法は様々であるが、現在主流なのはインターネット上での宣伝である。これには、自社サイトでの宣伝、SNSを利用した宣伝、画面の一部に表示する広告、など多種多様である。インターネット以外では、新聞・DM・テレビCMなどがある。これらの手段は資金に余裕のある大企業や、ターゲットが従来メディアを好む老人向けのプロダクトの傾向が強い。

宣伝自体は利益を伴わない行為であるが、宣伝のスキルを持たない人や企業のために、資金を対価に宣伝を代行してくれる企業が存在する。これは一般に広告代理店と呼ばれる。またサイト運営者向けの広告もあり、これはクリックされたりプロダクトの購入に繋がれば一部を収益として貰えるものもある。

現在のビジネスを支える存在である広告は、そこに金が絡むとき、嫌煙する人が少なくない。また、一部の広告の表示方法は時に多くの人の反感を買うこともあり、どうにも嫌われ者のような扱いをされることが多い。今回はそんな広告が嫌われる理由を推測し、今後の広告の在り方についての自論を考える。