インフルエンサー | Kibekin BLOG.

【自分道】所詮は他人!インフルエンサーを追う必要がない理由

この記事の概要を簡単まとめ!

  • 影響力を持つ有名人がインターネットに参戦
  • インターネット上の発言に影響力を持つ人「インフルエンサー」
  • 一種の「崇拝」対象となることも
  • インフルエンサーを追っても得られるものが微妙である
  • 知らずのうちに「洗脳」されている危険性
  • 所詮は他人、のめり込み厳禁

有名人は一般国民にとってどのような存在となるのだろうか。無能政府側につく上級國民として一般国民の敵となるのか、それとも「民意」としない無能政府に対し、発言力を生かして声を届けるのだろうか。振る舞い次第ではどちらにでもなる存在故、有名人にも見えない圧力がかけられることであろう。

ところで、有名人がSNS等のインターネットで活動しているということは多々見受けられる。しかもこの傾向は近年になってからである。それどころか、無能政府によって無駄に拡散された死のコロナウイルスの怪我の功名であろうか、実質オワコンのYouTuber参戦が増えている。これはこれで、新たな論争の議題となるだろう。

有名人はインターネットの他愛のない発言でさえ、その地位や身分故に大きな影響力を与えることもあるようで、一般国民の一般ユーザーはこれをフォローして、発言を逐一確認する人が多いようである。広大すぎるネット上では、それはたった一人のユーザーに過ぎず、大袈裟にも思えるのだが。

その有名人は往々にして「インフルエンサー」と呼ばれる、世間に与える影響が大きい人物として扱われる。また、もともとはインターネットでのみ有名だった(=テレビなどには出ない)人が影響力を持つようになった結果インフルエンサーとして扱われるようになる人もいる。YouTuberはその最たる例といえよう。

だが、私はそれらインフルエンサーを追っかけることはしない。私からすれば、人は間違うことが前提の愚かな生物であり、インフルエンサーも人である以上、間違ったことを言う可能性がある。だが思考停止でインフルエンサーを追っかけてその言葉に惑わされては、自己のアイデンティティを消失させる原因となる。そして発言に決して責任を取らないのが、インフルエンサーである。

今回はインフルエンサーは追う必要がないことを書いていく。例によって、少々ガバガバな文章であることを許してほしい。